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捨てられない

今日は茄子のへたの黒焼きをやってみた。
上手くできなかったが、次は大丈夫でしょう。
茄子のへたは、歯磨き粉代わりにいいらしい。
歯槽膿漏、歯肉炎とかに効果絶大だそう。
茄子がいっぱい採れだしたので、へたがもったいないなあと思い、やり始めたのです。うーん、無駄なし。

それと近頃、私は種好きなのである。
野菜の種が美味しいなあと思うのです。もともと一物全体を食べようと野菜の皮は剥かないのですが、近頃は種がおいしいと感じる。
自然農の野菜はであるが。

だから、捨てられない。
この時期、ピーマン、苦瓜、種つきのまま調理する。かぼちゃも美味しいことに気づき、どう上手く食べたらいいか思案中。

考えれば、種というのは命の源、そこを捨てるなんて栄養の大部分を捨てているようなもの。お米だって、そうですが土に蒔いたら、芽が出る部分こそ命の根源。命を美味しく頂きましょう。
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すずめばち

家の前の畑に行く途中の階段横のテラスにすずめ蜂の巣を発見した。
すずめ蜂は、みつ蜂の天敵でもあり、これからどんどん季節を追うごとに凶暴になって行くと言われ、巣の処分を決行。

でも蜂の子に目がくらんだ私たち。炒って食べれば、肉の味がすると言う。直接巣を処分すればいいのだが、それだと蜂の子が手に入らないので、蜂を1匹ずつやっつけることに。

父ちゃんが処分には殺虫剤がいいと言う。私はそれより一撃必殺、ハエ叩きの方が安全ではないかと言う。そんな危険なことできるかと父ちゃんは、合羽を着て、頭にも網を被り、退治に行った。

そして、あっという間に戻ってきた。というか、逃げてきた。
1匹を殺虫剤でやっつけたら、巣からいっぱい出てきたそうだ。
結局怖くなって、巣に殺虫剤をかけてしまった・・・。
ちょっと勿体無い話である。

久しぶりに母ちゃん

久々に母ちゃんの更新です。
夏休みも半分が過ぎ、ブログをしばらくお休みしますと言いながら、面白い記録を残しておこうと思い、これを書いております。

今の時期、この辺りで「はずいら」なる蛾の幼虫らしいのが、大発生する。それがいたるところにわんさか出てくる。部屋の中にも台所にも油断をすると蚊帳の中にもいっぱい。

赤い頭と赤いしっぽを持った黒い虫で、小さいみみずくらいなのだが、とにかくどこもかしこもはずいらだらけ。

この虫が今、長女の最高の遊びになっている。
お隣の子と次女とで、バケツを持って集め回っている。
バケツの中、いっぱいはずいらだらけ。朝からずっと集めている。ただただ集めているのである。いっぱい貯まって、死んでしまったらお墓を作っている。大人から見たら、一体何をしているのだろう?と思うのですが・・・。

長女は近頃、生き物がすごく好きである。田んぼに行っても、川に行っても、どこに行っても、小さい虫などを見つけてきては、捕まえたり観察したりで、時を忘れるようだ。

子供というのは、本当に退屈しない遊びの天才である。面白いものですね。

ゲド戦記

ことばは沈黙に
光は闇に
生は死の中にこそあるものなれ
飛翔せるタカの
虚空にこそ輝ける如くに

オープニングに映し出されたこの詩が
全てを物語っていました。

とても真っ直ぐなわかりやすい映画でした。
こういう映画を求める世代が増えてきているのかなあと改めて感じました。

いつかは自分も若い人たちに生きる場所を譲るために、見事に死ぬことができればいいなあと思いました。

手放すこと

子供が「ゲド戦記」につれてけー
とうるさいのでパンフレットを見てみた。

「見えぬものこそ。」

ムム。惹かれるフレーズ。
監督のコメントを読んでみる。

「・・・・さらに加えるならば、そこには必ず大地と共に生きる暮らしがあります。
私たちが行くべき道を見失っているのは、過度に文明化し、都市化した暮らしの中で、世界の全ては予見可能でコントロールできるものだと思い込んでいるからではないかと思います。人間の力ではどうにもならない自然の流れがあることを知り、それを受け入れていくことで、人は心豊かに生きていけるのではないか、そんなふうに考えています。」

私もそう思う。
山で生活していても、色々なことを管理しコントロールしたいという欲望がやってくる。
しかしあまりその気持ちが強いと、自分の立てたノルマに振り回されたり、過去の失敗を悔やみすぎたり、未来の計画を立てることに忙しすぎたりする。
つまり、「今、ここ」にいる時間がどんどん失われてゆく。

山にぼんやりとかかった朝もやの向こうから
身体全体にじんわりと沁み込んでくる朝日をを感じるのは「今、ここ」

朝一に、子供と一緒にとったとうもろこしの甘さと香りが口いっぱいにひろがっていくと、後頭部が溶けるなあ、と感じるのは「今、ここ」

いかにコントロールを手放し、大きな流れに身をゆだねて生きていくか。豊かさの鍵はそこにあると思う。(もちろんそのためには、大きな流れに対する畏敬や信頼が必要だが)
そうすることで失われた「今、ここ」をとりもどすことができる。

結局家族で「ゲド戦記」を観に行くことに決定した。

ホントウのこと

僕の中でホントウだなあと思うことが色々あります。

たとえば、東城百合子さんの「お天道様」の考え方。
また、野口整体の身体と命の捉え方。
川口由一さんの自然農。
映画「ガイアシンフォニー」の監督、龍村仁さんの映画の作り方。

まだまだ色々ありますが、これらは全て同じことを違う言葉で表現しているだけだと思います。

種々雑多な価値観の中の一つというのではなく、
森羅万象を説明しうる一つの真実だと思っています。

そこで、これは今年自然農に切り替えた1年目の田んぼ

komei-na.jpg


米の出来としてはまあまあですが、何か寂しい。

komu.jpg

これは2年目の田んぼ、米のできは少し寂しいですが何か楽しい。
実際いろいろな種類の命が確実に増えてきています。
田んぼを一つの生命体としてみた場合、確実に豊かになってきています。

さあここからが今日気づいた本題!

この田んぼには稲はもちろんあります。ヒエも生えてます。セリ、ミゾソバ、ホタルイ、トンボ、ミズスマシ、蜘蛛、もう名前なんかわからん草や虫、

そして僕。僕の家族。

自然農の田畑は、年を追うごとにその命は豊かになってゆきます。
と、いうことは・・・・・。

この田んぼに関わっている限り、僕と僕の家族は確実に豊かになっていく。

この田んぼのバッタが稲の葉っぱをかじる様に、僕たち家族は米を食う。そして余った稲藁や、籾殻、ぬかを田んぼに返す。
そういう命の営みの中で何年かをこの田んぼの一員として過ごしてゆくとどうなるか。

余計な悪あがきは一刻も早く辞めて、自分達が確実に豊かになってゆくさまを眺めていようと思ったのでした。

花火

今日は忙しかった。
午前中は保育園の里帰り保育に。
午後は自家製の米と大豆で味噌を仕込む。10kgほどできたかな?あと30kgくらいは仕込む予定。
そのあと卵採りの体験に女子高校生たちが8人、先生2人やってくる。
大急ぎで花火大会のリクエストメニューピザを仕込んで、いざ花火大会に。
まん前で見すぎて、次女怖がる。早めに退散。父ちゃん酔っ払ってる。私が運転。
いやあ、忙しい1日だった。

話は変わりますが、私も出産まで、残すところわずかとなってきました。結構身体を動かすのも大変になってきました。
パソコンもあまり妊婦にいいものではありません。今まで結構楽しくはまっていましたが。
なので、産前産後しばらく私はこのブログを書くことをお休みします。
こまめに見てくださった方、ありがとう。これからも父ちゃんが気ままに書くことでしょう。
尚、私宛のメールはいつでもつながりますので、近況知りたい方はメール下さいね。それでは、出産に向けて毎日安らかな生活を送りたいと思います。
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最近迷惑コメントが多いので、一度目を通してから公開します。
すぐに公開されませんが、どしどしコメントお待ちしています。

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