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一緒に作業しませんか?

今週末、土、日あたり晴れそうなのでお豆の脱穀をする予定です。
(雨ならしません。)
どなたか一緒にお豆落としませんか?
ストレス発散にお豆を叩いてすっきりしましょう。
お問い合わせは、HPのメールからお願いします。お待ちしてマース。
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芋掘り

昨日でやっとサツマイモ掘りが終了しました。大豆も刈り取り終わりました。ひとまずホッー。

この芋掘り、この季節一番の重労働です。
ショベルを持って、土まみれ。汗はだくだく。力仕事です。

しかしサツマイモは冬のおやつに重宝します。
ここのところ毎日、囲炉裏の灰の中に入れては、焼き芋を頂いています。甘いものは、どうしても欲しくなりますが、お芋があれば何もいりません。
忙しいと子供のおやつも袋を開けてすぐに食べられるお菓子を上げる時もありますが(もらい物がいっぱいあるのです。)お芋は食物繊維たっぷりでお砂糖もいらず、お腹が張って優れもの、おやつには最高です。ぜひ食べたい。

なのでついつい収穫も頑張っちゃいます。
しかし一生懸命汗をかきかきお芋を掘っているとお腹が無性に減ります。

そんな私に疑問が湧いてきました。

主人に
「ねえ、お芋を掘るとお腹が減るから、お腹を減らさないよう何もしないで、お芋を作らなきゃいいんじゃない?」
素朴な疑問です。うーん、そうだよなあなんて自分で納得。

すかさず主人が
「そしたらお前、最初から生まれて来なきゃよかったってことにならんか。」
うーん、そうだよねえなんて、またしても納得。

これは考えれば、考えるほどパラドックス・・・。

そうだ、もう何も考えず、ひたすら汗して労働しよう!!労働こそが美徳なり!
そしてお腹をペコペコにして美味しくご飯をお芋を頂く幸せを感じようと思うのでした。

しかしこのサツマイモ掘り出してからが、また大変。
何せ寒さに弱いので、寒くなると腐ります。なので寒さから守ってやらないといけません。
芋つぼなるものがない我が家では、今年は穴を掘って埋めてみました。
まだ残っているお芋も助けてあげねば・・・。なかなかお芋は力仕事です。

Nさんへの返信

Nさん、ブログで返信する非礼をお許し下さい。

「競争社会を支えているのは恐怖である」
と言うのは全く同感です。恐怖に基づいた行動は、恐怖にしかたどりつけないとも思います。ただあの文章には、ほんの少しだけ引っかかる所があるのです。
「そんな社会にあって、僕たちのスローダウンとは一体どんなことを意味するのだろう。それは恐怖の連鎖から外へ出ること。・・・・・・
恐怖という登りかけた山を下りて、引き返すこと。山の向こう側に安心などありはしないのだから。
安心はどこにあるのだろう。・・・・・・
それは農という人間の営みの中にある。・・・・・・・・・・・・・・
伝統社会の多くは貧しかったかもしれない。しかし安心だけはふんだんにあった。・・・・」

僕はこう思います。

都会生活の恐怖に後押しされた生活に嫌気がさして、何とかそこから逃げ出そうとしても、それが「恐怖の拒絶」である限り、恐怖に基づいた行動となんら変わりはないのです。
恐怖の連鎖から外へ出るために、農的生活を始めたり、伝統社会の文化を求めて中山間地に移り住んでも、それは色合いの違う別の山に登っているだけかもしれません。その向こうに安心はありません。
農的生活には農的生活の、伝統社会には伝統社会の恐怖がしっかりと口をあけて貴方を待っています。

ならば本当の安心はどこにあるのでしょうか。
僕は、「今ここ」の自分自身の内部にしか安心はないと確信しています。
自分をとりまく環境がどうであれ、本物の故郷は自分自身の中に見出すしかないのです。そのためには「恐怖」と戦ったり、逃げ出したりしても全く意味がないと思うのです。
自分自身の内部にある「恐怖」をただ見つめること。抵抗したり、拒絶したり、はたまた分析したり、論理だてて研究したり、そんなコントロールを全て手放して、ただ見つめること。
あきらめるのも一つの手です。絶望は実に多くのことを学ばせてくれます。
恐怖と、不安とうまく付き合う。というのもいいかもしれません。
「恐怖」が自我の産物である限り、自我である私たちの「言葉」には解決能力がないと思います。自我は恐怖や不安や問題を作り続け、食べつづけないと生きていけないからです。それらがなくなると自我も消えます。だから自我は解決したくありません。(「問題」を「夢」と言う言葉に置き換えてもいいです)

ただ、本当の安心を手に入れるきっかけはあるかもしれません。それを「種」と言うなら、自然に囲まれた農的暮らしの中にその種は確かにあります。うまくいけば、自分自身を大自然の中に預けきることができるかもしれません。
あまりの美しい光景に絶句したり、自分と自然との境界がなくなって思考の止まる瞬間に出会えるかもしれない。
日々の暮らしに感謝と祈りを持って接することで、「恐怖、不安、問題」を抱きしめることができるようになるかもしれない。(そのかわり希望や、夢もどうでもよくなるでしょうけど)

僕の場合は、自然農や自然農法を通して「私は誰なのか」という問いを楽しみたいと思っています。「私は誰なのか、何なのか」この問いの中にこそ、「本当の安心」が見え隠れしています。

長々と訳のわからないことを書きました。こちらこそ会える日を楽しみにしています。ありがとう。  亨

                   



農村と信仰

収穫したサツマイモの切れたもの、小さすぎるものを干し芋に。(HP写真掲載)
昨日は、我が家で念仏なる組内(10件ほど)の行事が行われた。

みんなでご先祖様のご供養に般若信教を唱え、その後昔は酒宴だったらしいのだが、今では簡素化されお茶と駄菓子で話をして1時間で切り上げるというものです。(昔はこの酒宴が山暮らしの楽しみの一つでもあったのでしょう。)

この準備のため前日から夫婦で大掃除。
粗相のないよう少しの妥協も許さない心配性の主人と乳飲み子を抱え無理ない範囲でと思う私で準備をするのだが、思いの違いから、もう喧嘩、喧嘩の大喧嘩。
挙句の果てに主人は風邪がぶり返し頭が痛いと言い続けてのやっとさ何とか家の片付けや神棚の準備も終わりのお迎えした念仏だったのです。

この念仏、年4回各家を回って行われます。
それとGWにはお般若さんと言って、お寺の住職を呼んでお経を唱えていただくという行事もあります。これも毎年くじ引きで各家を回ることになっています。

簡素化されたとは言え、なかなか受け持った家の負担と言うのは大変ですが、これも農村が深く信仰と結びついていたからでありましょう。

なぜこのような風習があるか、実際、米や芋、豆、野菜などを作り始めると何となく理解できてきます。

種を蒔いて苗を育てる。その苗を田や畑に移植する。
その後、私たちができることと言うのは草の管理や追肥をやる以外ほとんどありません。あとは天候に恵まれ、豊作を願うだけなのです。
そう作物を作るのではなく、自然に任せて育ててもらっているのです。
今は農薬や化成肥料のおかげで以前よりは容易に作物が採れるようになったので、不作ということは少なくなってきていると思われます。
しかしそういうものがなかった以前、流通も発達していなかった時代、不作と言うのは本当にこういう農村では自分達が飢えてしまい死の淵をさ迷うなんてこともあり必死だったのではないでしょうか。
なので、みなさん真剣に神様に豊作をお祈りし、心底感謝したであろうと思われるのです。

今、私たちの生きる時代は田舎でも車や道路が発達し、思えばすぐにどこにでも行け、インターネットで世界中の人と繋がり、物にも恵まれ豊かなので田舎でも自由に生きていくことができます。

しかしこういう昔からの古き慣習の中に、こういう暮らしの本当の良さも辛さもあるように思います。

日々、祈りと感謝を持って暮らして生きたいです。

漢字

只今、大豆とサツマイモの収穫真っ最中。ここのところ、暗くなるのも早く作業をしていると、あっと言う間に真っ暗になってしまいます。
これが終ると、今年の農作業の大御所は、玉ねぎの定植、小麦蒔きでようやく終わりを告げます。
今年も師走が迫ってきました。

さて今日のお題目、漢字なのですが、小学校に通う1年生の長女が習い始めています。
1年生と言っても、1度に習ってくる漢字は何個もあって、親としては大丈夫?と思うのですがこれがビックリ。

長女は小さい頃から絵本の読み聞かせをしていたので、本が大好きです。暇さえあれば本を読んでいます。
うちはテレビを見ないので、本を読む時間はたっぷりあります。(台風の時は天候が気になるので見ています。)

なので解らない漢字も文の流れで大体の漢字を想像して読んでしまいます。
それがビックリ。え!こんなのも読めるの?と言うのまであって親は驚き。
3年生くらいの漢字までは、すらすら読んでいるのでは?

そして学校で習ってきた漢字ももう読めているので習ったら、もう書くことができます。(私は小さい時、一生懸命書いて覚えたような気がします。)
これは面白いと思った私たちは「トイレに魚偏の漢字表でも張る?」なんてつまらないことを考えています。

囲炉裏

朝晩冷え込むようになってきました。
こうなったら囲炉裏が活躍し始めます。

囲炉裏がなぜ廃れてしまったのか、使ってみると何となく理由は解る。
灰ですぐに部屋が汚れる、子供がいたら危ない、他燃料の値段の安さ(このところ高いですが)、スイッチ一つでつく暖房器具の普及などであろう。

去年は薪を燃やしてかなり煙たかったので、今年は今のところ、囲炉裏に炭を使っております。
不便なところもあるのですが、やはり火があると言うのは、暖かいです。火があると身体が芯から温まります。足が冷えていても足をかざせば、すぐ温まります。

それに火も寝る前に使った炭に灰を被せておけば、朝は灰を退ければもう暖かい。これはその辺の暖房器具より早い暖まり方ですね。

暖を取りながら料理もできちゃいます。やりようによっては、何個も鍋をかけれます。保温もできます。焦げ付く心配もさほどないので、煮物なんか放っておけばOKです。
焼き鳥だってOKです。秋刀魚を焼いたら、部屋中煙だらけになって大変でした・・・。焼き物をすると街の居酒屋さん気分になっちゃいます。
「へえ、いらっしゃい。」「何飲みます?」なんて。ちょっとお馬鹿な家族です。
焼き芋だって灰の中に埋めておけばとっても美味しくできるのですよ!

それに囲炉裏のいいところは、その料理を囲みながらみんなと話ができるとこではないでしょうか。
話があろうとなかろうと火を見てれば、みんな心落ち着きます。

囲炉裏が無くなって行ったというのは、何か寂しいですね。

小豆収穫

「あと、よろしく」と
昨日の夕方、お父さんが軽トラックの荷台山盛りいっぱいの小豆を刈って帰ってきた。
小豆と言っても、私はこちらに来るまでどうやって実がなっているかなんてピンと来なかったが、葉も茎も茂って鞘に入っている状態の小豆だ。
「よろしくと言われてもどうすりゃいいんじゃい。」
乳飲み子を抱え、次女は鼻水だらり。私は正直悩んだ。まあ、でもお父さんも忙しい。ぼちぼちでもやるしかない。

この小豆を束にして結わえて、とりあえず乾くまで干しておく。
今日はこれだけやるのに三女が泣いては中断と繰り返し、夕方までかかってしまった。

このあと乾いた小豆をムシロの上などで叩いて落とし、そこからゴミを箕などでより分け、よく私たちが見かける小豆になる。市販の豆は安い賃金で働く外国人の方の労働で成り立っているものがほとんだろう。
本当に豆を選別するのは、手間がかかるのです。

でもあまり肉を食べない我が家では、豆は貴重なたんぱく源。保存も利くし、とってもありがたい食料なのです。
お肉を食べた方が調理も楽だし、手間がかからないようですが、でもお肉である生き物をそこまで育て上げるには、膨大な量の飼料を育て、そして面倒を見て、やっと私たちの口に入るのです。
なので豆を食べた方が大変なようで無駄はないのです。美味しいし、身体にも優しいです。

なのでこの季節、俄然力の入る私なのですが何分今年は大変です。

脱穀

今日やっとお米の脱穀を終えました。これでかなりホーッとしました。

この時期になるとお父さんの炭仕事も木を伐りに山に入るので、忙しくなります。それに地域の行事も重なって、お父さん大忙しです。

なので脱穀を何が何でも今日中に終らせなければならない。もう日がない。芋掘りも豆の収穫も急がねばならないのだ。早くしないと駄目になってしまいます。
幸いお手伝いの方も来ていただき、ハーべスターも故障から復活を遂げた。

最初はのんびりムードでやっていたのだが、夕方近くなるとさすがに焦り始め、必死に。何とかかんとかぎりぎり暗くなる前に終らすことができた。ホーッ。機械はあまり好きではないけれど、今日ばかりはハーべスターに感謝。
端で遊びながら1日を過ごしてくれた子供たちにも感謝。
長女は稲木にぶら下がったり、上ったりがお気に入りのようでした。
次女は鼻水かぴかぴでおもらしもしてしまい、着替えもなくタオルを巻いて昼寝してくれました。可哀想に・・・。今里芋湿布して寝ています。
三女は今日はいいタイミングでぐっすり昼寝てしてくれました。

まだまだ自給生活に不慣れな私たち、この時期かなり焦ります。

今の時期

収穫の秋です。お野菜がいっぱい採れだして、この時期はありがたいくらい豊かな食卓の毎日です。しかし収穫が忙しくて、ゆっくり料理できない日も。

早速ですが今の時期の子供がよく食べる我が家の定番野菜料理です。

  根菜は煮物が多いです。味噌汁にもいっぱい入れます。(我が家は子供もみんな根菜大好き。里芋の煮物はたくさん作って、余ったら3日目くらいには、コロッケに変身します。)
  ねぎ焼き(ねぎたっぷりお好み焼き風)
  人参葉天ぷら
  大根葉甘辛炒め
  菜の花炒め、あんかけ風
  水菜サラダ

どのレシピもお肉は入っていません。代りにおじゃこがよく入っています。(煮物はたまに鶏肉が入っています。)
これらの料理、子供が喜んで食べます。青物をあまり食べない次女も言われなくても大根葉は実によく食べます。身体が求めるのでしょうね。
菜の花はこの時期、いたるところに勝手に生えてます。実はこの葉物が一番美味しい。長女が大好き。長女は畑で「やっぱりなまが一番。」とかぶを齧っています。面白い子です。



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最近迷惑コメントが多いので、一度目を通してから公開します。
すぐに公開されませんが、どしどしコメントお待ちしています。

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