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段々と朝晩の冷え込みがきつくなってきました。
今の時期からは空がとっても綺麗になります。

毎日朝起きて見る朝焼けもとっても綺麗。
中秋の名月も最高でした。

蚊はまだまだいるのですが、近頃お外で夕飯に凝っています。
火の担当は子供たちです。
長女は火の熾しかたが上手になりました。
旬のさんまも煙がすごいので炭火でお外で焼いちゃいます。
栗ご飯もお釜で炊いちゃいます。

みんなで夕飯を食べながら、日が暮れていくのを見届けるのはとっても優雅な時間に感じます。
1日1日をこうして豊かに過ごしていければいいですね。
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演じる

実は昔、学生のころ、役者をやっていました。
当事、演じるのが難しかったのが、

「何気なく」でした。

「何気なくホームで電車を待つ人」とか「交差点を何気なく歩いている人」とか。
舞台の上で、「何気なく」を意識して演じようとすると、全く不自然な振る舞いになってしまいました。
稽古の帰り、実際にホームで電車を待つ人を観察してみると、それはそれは完璧な演技で、見とれてしまったのを憶えています。(それ以来、人の振る舞いを観察するのが趣味になりました)

そうです。私たちは「何気なく」を「何気なく」日常で演じている、プロ以上の名演技をする役者なのです!

(私たちや、私たちを取り巻く宇宙を形作る素粒子である量子は、観測者が「観測」の光を当てたとたんその振る舞いを変えてしまいます。
「意識」という光を私たち自身に向けたとたん、感情や感覚の痛みも変化せざるを得ないということに似ています。)

ただしかし、なぜ私たちは普段「何気なく」を演じているのでしょう。
演じる必要があるのでしょう。
しかも意識の奥のほうで、「演じている」ということにうすうす気付きながら。
「不完全な個という痛み」を演じている私を、絶対的な慈悲の眼差しで許していることをうすうす感じながら。

おそらく、私たち一人一人が、それぞれの役を演じることが、宇宙全体の調和というか成長に欠かすことができないからだと思います。
それぞれの演じる「欠落」がジグソーパズルのように「おたがいさま」
の関係を形作り、それぞれの成長、成熟というドラマを助けている。

とてつもない「妙」を感じる、宇宙の不思議であります。






テレビを見ていて

実家に帰って久しぶりにテレビを見ました。
「ダッシュ村」なつかしかったなあ。
炭焼きをやっていたのでぜひ見なくてはと思い、しっかり見いってしまいました。

ふと気がつくと、テレビの中のドラマに引き込まれていました。
「テレビを見ている」という状況はすっかり忘れていました。

でもまあ一歩ひいてみてみると、
やっぱりそれはテレビで、
テレビのブラウン管でした。

もっとよく見てみると
ブラウン管の中の基本色のつぶつぶでした。

私を取り巻く、「今ここ」も様々なドラマに満ち溢れています。
なんといっても「私」そのものがドラマのかたまりです。
ドラマなしに「私」を語ることは出来ません。

でもテレビの世界から一歩引いてみたように
この「私」をとりまく「いまここ」からも一歩ひいてみたらどうなるのでしょう。

目に映る何もかも、
意識にあらわれる感情、感覚のすべて
過去の記憶、将来の計画のすべて
ドラマを切り捨てて、(ブラウン管のつぶつぶをみるように)すべてをみる。

「何だか今朝は身体が重いなあ、けだるいなあ」
という感覚も
「この仕事はやくやっちゃおう。あせるなあ」
といういらだちも
観念して、受け入れて、よーくみてみると
基本的つぶつぶでできている。
その粒粒は、完璧で、完全で、無限で、静かで、何もかもを完璧に映し出す鏡のようだとしたら。

不完全な「私」はただ「完全な鏡」に映っている幻想でしかない。

誰かが言いました。
「いのちの世界にすむ時、悲しみも苦しみも喜びとなる」


松山へ

敬老の日も明日と言うこともあって、久々に1日ゆっくりみんなで松山市内のじいちゃん、ばあちゃんに元気な顔を見せに行って来ました。

町中の家というのは、テレビを見る以外は畑もないし雨だったのでやることもなしで、近くのショッピングセンターに三女同伴で覗きに行きました。

私もかつてはこういう町中に住んでいたんだと思いながら、スーパーの品揃えの豊富さ、惣菜の多さ、その他のお店の充実度、レストランの賑やかさ、人の多さに三女とともにただただ驚くのでした。

この山で暮らしている豊かさとは全く対象の異なる豊かさ、価値観に街で生きるということに疑問が湧いてきた1日でした。
自分もほんの4年前までは、その中にいたのですが・・・。

ないということ

今回の学びの場も素敵な出会いがありました。
毎回続けることで少しでも私たちのような暮らしに興味ある人とお話できればと思うこの頃です。
Yさんありがとうございました。またお話できるといいですね。

さて日中はまだまだ暑いですが、朝晩の風は少し秋らしくなってきました。
巷では秋ということで栗や芋が出回ってきました。(うちではまだ食べていません。)
さて我が家の近頃はどんなかと申しますと、今年は田舎暮らし4年目にして野菜品薄状態です。
と申しますのは、やはり三女の誕生(もうすぐ1歳)もあって、田んぼをやるのが精一杯の状況です。
ということで畑は荒れ気味です。まあ仕方ないですよね。完璧に全てを出来る人なんていやしません。

ということで、ある野菜を食べる我が家でこの時期活躍している野菜です。
  玉ねぎ(ダントツ重宝野菜ですね)
  じゃがいも(今まで馬鹿にしていました)
  かぼちゃ(育てやすいし、美味しい)
あとは、モロヘイヤ、オクラ、エンサイ、茄子などを毎日少しずつ大事にいただいている次第です。トマトなんて頂くと嬉しいって感じです。

でもこのないということから多くのことを学びます。

大事にする心、工夫する心。

あるよりないということの方が素晴らしいことなんだと思いました。
  

学びの場

今週日曜日集合はいつもの通り、石畳小学校前8時50分です。
よろしくお願いいたいします。
台風が来てるとか、一雨欲しい所ですが・・・。

さらに赤米

akamai.jpg


赤米花盛りです。
他の古代米もハッピーヒルもとても美しい。
耕さなくなって3年目ですが、田んぼの様子が、少しずつ賑やかになってきています。
来年もまた少しずつ変化していくのかと思うと、とても嬉しい楽しいハッピーです。
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最近迷惑コメントが多いので、一度目を通してから公開します。
すぐに公開されませんが、どしどしコメントお待ちしています。

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