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快楽な楽しみ

本日、子供たちと汽車に乗り、街まで行ってきました。
もう長女も大きいので街まで汽車で行く方法を教えておけば、何か用事があった時、私がいちいち付き添わなくていいので、覚えておいてもらおうと思っていました。
ちょうどGWに田んぼの籾播きも終わり、レジャーでたまにはと思い連れて行ってきました。

元々歩くことが好きなので、いつもの山での車中心の暮らしから離れ、歩くこともできますし汽車に乗るのはとっても気持ちがよかったです。
三女が大分しっかり歩けるようになってきたので、何かとこうやって子供と遊ぶことができるようになったのが私としては嬉しいです。
街へ行くと小さいのがいるのは移動は大変は大変でしたけど・・・。

しかし久々に行った町は、やはりにぎやかで疲れますね。
家に帰ってきて、疲労感に襲われ、こういう疲労感久しぶりだなあと思っている次第です。
畑をしての爽やかな疲労感とは違います。

街は公共施設などは、とってもで整備されていて、すっごく羨ましいのですが、商業地域に行くと、その欲望の凄まじさに疲れました。

街で友人同士でうろつく中高生たちを見かけると、やはりこういうとこで子育てしたくないなあと(ごめんなさい)思ってしまいました。
たまーに行くのなら、社会見学程度でいいかもしれませんが、近くにあるとなると、やはり育っていく上で感覚が違ってくるなあと思いました。

そこでの楽しみが私には快楽に見えました。
心が癒される楽しみではなく、もっと欲望が激しくなる楽しみだったり、ストレスを吐き出す楽しみだったり、そこにはお金を稼ぐ側の思惑も絡んでいて怖くなります。
私が畑にいて元気になっていくような癒しの楽しみではなく、元気を吸い取られる楽しみのような気がいたしました。

街がいいか、田舎がいいかというのは、私自身揺れ動く時があります。
しかし子供達には田舎での暮らしの中での楽しみ方がしっかり浸透するまでは、こういう快楽はなるべく関わらなくていいかなと思いました。
ある程度の判断が自分でできるようになったら、こういう快楽は除外できるように感じます。

生きて行く上で楽しみを持つことも大事だと思いますけど、心が取り乱されずゆっくりと自分が成長していけるような楽しみを大事にしていけたらと思います。
ゆっくりしたことは経済主体のスピード社会で誰もがストレスを抱えて生きている今の時代では刺激が足りなく感じるのかもしれません。

でもその楽しみの中で着実に浸透した揺れ動かない自分の波動は身の回りの人を幸せにしていけるような気がいたします。
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うちの子は


この人がわからんやろうね。

こんなことも


実は初体験。
しかし街はうるさい。

GWスペシャル


電車に乗る練習します。

終了近し


平和な1日でした。
三女が唄う鳥の声。
ピートイレミズ!
一体何の鳥だろか?

田んぼで


昼御飯

皆で作業


幸せとは永遠でないからこそ、幸せなのかもしれないですね。

じゃがいも


実は玉ねぎとともに多めに植えました。
草整理中。こちらも育ってます。

この時期


畑の色んなとこから発見される、去年の忘れもの。しかしこれは今年の新玉ねぎ?なのです。

桜を


塩漬けにします。
多分これは、一瞬の儚い桜の美しさを永遠に閉じ込めたく、考えられたような気がする。
それほど儚く美しい。

野菜が育つ、私が育つ

昨日から、田んぼの苗床準備が始まり、我が家も忙しい季節に入ろうとしています。
まあ、激しい夫婦喧嘩で気力を消耗しないように今年を乗り切れればと思います。

さて、昨日の画像の玉ねぎが順調に育ってきてます。
定植をした時は、小さい苗でマルチの下に潜ってしまいそうだった、あの苗が何と立派に綺麗に大きくなってきているではありませんか!
ああー、もう感動です。玉ねぎの母親気分。

実は、今回の玉ねぎは私が主人の手助けを借りずに、(苗床を最初に作る時、管理機を回してもらいましたが、このくらいの面積ではいらないと判明、来年は使いません。)始めたものでした。

私自身、いろんなとこへ行って、農作業のお手伝いをし、家でも自然農の田んぼをやっていると、自分でできるなあという自信と自分でやりたいという思いと自分ならこうしたいという考えも出てきました。

農業といっても、機械はない、設備投資するお金はない、農薬に頼る慣行農法はやりたくない、過剰な大量生産は嫌など私の中でいろんな思いがあります。
かと言って、セット野菜にして、都会に箱で送るというのも私1人じゃ無理。

色々な農家の方の見学やお手伝いに行くうちに、半農半Xあたりで、もちろん無農薬有機栽培でどこまでできるかやりたいなあと思うようになりました。
農業で1年分の所得を得るのは、大変だけど私がパートにでるくらいを農業で稼げないかなあと考えていました。
そこで今回目を付けたのが、玉ねぎ。売れなくても家でかなり消費しますし、保存もOK。
しかも考えている売り先は、あわよくば学校給食。(今年は、1年分の自家用になればOKです。)

私は、農作業をしている時間が好きです。
無心になれます。しかもお天気が良いとそれだけで幸せ気分。
子供たちにぜひこの畑にいる気持ちよさを知って大きくなって欲しいと思ってます。
外でどんなしんどいことがあっても畑に帰ってくると癒されます。
私自身、子供も少しずつ手が離れて行っているので、これからはうまーく畑に居れる方法を探っていくつもりです。

しかしこの玉ねぎ、実は私が育てているようで、実の実は、私が玉ねぎに育てられているのかもしれないなあと思いました。
実は昨日落ち込んだ気分で畑へ行って、元気に育つ玉ねぎの姿を見たら、自分が嬉しくなってきて、逆に元気をもらったのです。
何かを育てるということは、逆に自分を育てるということかもしれないです。

田んぼで暴れる


野生児

田んぼに


寝転ぶ。

今日から


いよいよ今年もお米作り。まずは苗床に種籾を蒔きます。
喧嘩しないように・・・

玉ねぎ


毎度の玉ねぎネタ。
大きくなってるう。
しかも綺麗。もちろん無農薬。

国の変わり目

人気ブログ伊勢白山道より引用
本当、今この国の変わり目だと思います。

日本に起こる事には一切のムダが無いと、神示は示します。一厘まで意味が在ると出ます。
今回に起こってしまった原発事故も、ここでワザと良い解釈を書いてみます。
1.もし、日本への侵略を考えている外国が存在して「いた」とすれば、今は考えが変わったことでしょう。むしろ避けたい・行きたくない国に変更されています。侵略どころか、逆に手助けをしてあげたい国に日本が成っています。
原発事故が、尖閣問題以降の衝突する嫌な空気を改善して、無難への方向を示しています。今の世界情勢を見ましても、軍事衝突となれば今の被災金額以上の損失と人命を無くします。

2.貿易における大きな打撃があります。
これも大きな視点で解釈すれば、もう外国に物を売って贅沢をする生活を日本人は止めましょう、という神意かも知れません。
経済の規模を縮小して国内だけで循環する、国民を大切にする経済体系への変更を意味します。
嫌でも放射能で差別されますので、安い外国の労働力を当てにする思考を止め、国内の雇用を重視する経済体系にして、日本国内を「楽しい国」にすれば良いのです。
北欧に見られますような、「小さい経済」でも住人の幸福度が世界一という超福祉国家に日本も成れば良いのです。
大きな経済の富を経験した日本は、それと引き換えに人間の良心や国土の精霊を失う面がありました。これを取り戻すのです。

このような進化を今から日本がして行ければ、日本は絶対に大丈夫な強国に成ります。
まるで神による鎖国を強いられた結果、防災対策が強く、幸福度の高い国に成るのです。
今の被災者の忍耐と感謝の心を見ましても、これが出来る国であり遺伝子なのです。
日本がこれを成し得た時、外国がより大きな天災を経験しても、ノウハウ提供と援助が出来る感謝をされる国に日本が成ります。

綺麗な畑


畑はなるべく自然に綺麗な状態にしてあげたい。
100パーセントの収穫を目指さず70パーセントくらいを目指せば、何が何でも採ってやろうというのは無くなるでしょう。これって、生き方にも共通しますね。

好きなの誰?


お母さんの一番好きなの誰?
二番は?三番は?
そのたびに三女の名前を言ってやると大満足!

長女の1日

実はひよこネタを書いた日に長女は学校から帰ってきて、もうひよこの世話をするのは嫌と言いました。
私が世話するとひよこが死んでいくような気がすると。
母はそんなことないよと言いながら、しばらく代わってヒヨコのお世話をしていましたが、そうは言っても長女は毎日気になるらしく鶏小屋を覗いてはおります。やはり愛着が湧いたのですね。

そんな長女の今日の1日ですが、私が午前中留守でしたので、駅に行く手段が無く、朝から座禅に行くと言う主人に一緒に連れて行かれました・・・。
そして一緒に座禅・・・。
感想は足が痺れた・・・。
その後、住職と座禅仲間でのお話し会・・・・。
貴重な体験しましたね。

そして毎週土曜日は隣駅の合唱団に通っています。
やはり小規模校では、物足りないことを補うつもりで行かせたところ、とても楽しいらしく2年近く通っています。
しかし忙しく面倒臭がりの私は大体を汽車で行ってもらってます。
うちは、どんどん子供を外に出すのです!でないと、今の時代、成長はないです!

今日はその汽車で同じ合唱団の友達が行くことになり、大喜びの長女。
昼前に着く汽車なので、時間もあるのでプリクラもやり、おにぎりを公園で食べ、楽しかったそう。

結構、親の私の行動は、無茶だと思う方も多いみたいですが、自然に似たような思いを持つ人は集まってくるのですね。
一緒に行った子もお母さんもとても喜んでおりました。

明日も私は留守なので、移住者友達に長女を頼み、うちの地域の後方に聳えるお山に登らせます。
今日の合唱団のお友達も一緒なので楽しみにしております。
お友達も数ではなく、どれだけ共有できる楽しみを持てるか、そういうお友達ができるといいですね。

ちなみに長女は学校で皆が話すテレビ、ゲームネタはほとんど解らないと言います。
そうは言っても震災以来、主人がテレビばかり見て、あの音がもう駄目な私としては、うんざりしておりますが、少し解る話もできたみたいです。

昨日の夜は


シフォンケーキの講習

これは


楽園ですね。

人参畑


種を蒔いたのですが、雨とともにスギナだらけに。うーん、できないかも。

踏まないように


車の通り道に。
タケノコ掘りのそろそろ季節ですなあ。

長女のお手伝い2

カフェのお手伝い以外に今うちで長女が担当になって、毎日していることがあります。
それはひよこのお世話です。

毎日学校へ行く前にひよこをまだ小さいので蛇除けに入れてある小さい鶏小屋から大きい鶏小屋へ移し、餌を上げ、水を替え、夕方にはまた小さい鶏小屋へ戻し、頑張ってお世話している。

長女としては、ひよこが可愛いらしく鶏小屋へ行ったら、なかなか帰ってきません。
生き物の面倒を見るのは、私も好きなので、忙しい母はすっかり長女にお世話を任しておりました。

しかし・・・起きてしまいました。

話は、長くなりますが、みなさん何故採卵鶏は1羽ずつケージに入れられ、動き回らないようにされた(もちろん陽も当たりません)状態で何万羽も飼われているかご存知ですか?

それはケージに入れずに狭いとこで密飼いされて、餌もカロリーが十分ではないとツツキなるものが始まるのです。
字のごとく、仲間をつついて血が出たら、その血に他の鶏も群がってツツキ殺してしまうのです。
怖い話ですが、内臓が見えるまでつついて、内臓をつついて食べてしまうのです。
原因は色々言われていますが、私が思うに生き物は自然から切り離しすぎると、やはり無理が生じるのだと思います。
卵を産むためだけに品種改良しすぎたのも原因かもしれません。
今のケージ飼いのよくスーパーで売っている卵などは、産卵率90%以上。
産卵率というのは、1日に1羽の鶏が卵を産む割合です。
毎日卵を産み続けることができる、これは自然界では絶対ありえないことです。
うちがこちらに来て最初にやっていた平飼い(ケージではなく、土の上で群れで飼う飼い方)では、産卵率60%ほど。
それだけでもこの数字のすごさが解るでしょうか?
ケージ飼いすることでツツキを防止する、カロリーを使わせない、また人口灯を当てることで、朝晩の時間の管理もする(陽が短くなると鶏はあまり卵を産まなくなります。)という方法で経済的な効果があります。

卵アレルギーの子が多いと聞きますが、私は当たり前だと思います。
と言うか、そういう子の体は自然に近づきたがっているのだと思います。
だってそれだけ自然から離れている卵かもしれないのですから。

まあ、そんなこんなでこちらに来た当初5年ほどは平飼い養鶏をやっていた我が家ですが、食べる分くらいの卵があれば良いということで辞めました。
そして久しぶりにひよこを入れ(生後2日目のを入れたのは初めてです。)、長女も可愛がっていたのですが、ツツキが出てしまいました。
多分カロリー不足に耐えられない鶏の改良が進んでいるというのと、このひよこたち草を食べない、とか色々なことがあるのでしょうが実際は解りません。

しかし長女がえらいのは、その突かれて死んで内臓が見えている鶏を悲しそうに手のひらに載せて私に見せに来るのです。私はちょっと引いています・・・。

そしてまた鶏小屋に戻り、残った子たちを可愛がるのです。
長女もいろんな思いがあるでしょうが、口には出さず、今できることをやっている姿勢に親の私が学ぶことがいっぱいです。

4歳まで都会で育ち、体の弱かった長女も今ではすっかり山の子になったなあと思うのです。
来年は中学生ですが、10km以上もある学校に自転車で通う予定です。
行きは下りなので、大丈夫でしょうが、帰りは途中まで迎えに行ってあげようとは思っています。


さあ、今日も


1日始まりますよ。
定番クッキー焼きました。

帰ってきました。

プチプチな旅から帰ってきました。

ある人のお話を聞きたかったので、海を越え九州へ行ってきました。
家族で旅行に行くのは久々だったので、子供たち喜んでいました。

ゆっくりできない旅でしたが、やはり外の世界を見るのはいいですね。
いつも摩訶不思議な発言をする次女は、「世界が広がった。」と言っていました。笑。

今回の旅で感じたこと。
自分は自分のままでいい。何物にもならなくていい。何をしなくてもいい。と感じました。

理想の未来を追うよりも今の自分をしっかり見つめて受け止めてあげることが、大事だなと思いました。
今日よりも明日の少しでも成長した自分を見つめるより、今日の自分をしっかり見つめよう。
その先に未来はあるに違いない。

解っているようで、これがなかなかできないんだなと思いました。

いつでもどこでも


楽しそう。
子どもには教えられることがいっぱいです。

プチ旅行


とある街へ、とある人に会いに。
引き合いの法則に乗っ取って。

引き合いの法則

今日は、テレビのデイレクターさんが移住支援の番組の企画ということで話に来られました。
私としては、カフェの宣伝をしてもらおうと願ったり叶ったりウェルカムでした。

自分たちも若いころは、こういう業界に足を半ば突っ込んでいたので、こういう方たちと話すのは、なんか根底に共通点があるような気がします。

しかし今日の方、話した時間は短かったけど、後で主人と2人で話しをした内容を聞くと、私がこの間ブログで紹介した本の方も知っており、心の奥の共通の話ができる方でした。
不思議、不思議。

自分が出会う人たちというのは、もしかしたら今、自分が成長するために求めている人かもしれないですね。
そしてそういう人に出会うことで、様々な関わりを持ち、人は成長していくのかもしれません。
だから様々な人との出会いをしっかり受け止めたいですね。
そしてこの出会いで自分が何を学ぶのか?
常に感じていたいです。

人生に起こる全てのことは、自分を成長させるための学びだそうです。

玉ねぎ


遅ればせながら、育っています。嬉しい!
プロフィール

ゆっこ母さん

Author:ゆっこ母さん
最近迷惑コメントが多いので、一度目を通してから公開します。
すぐに公開されませんが、どしどしコメントお待ちしています。

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